Monday, October 30, 2006

015: さよなら昭和湯!!涙の30秒-2

---前回からの続き

大好きな三茶「昭和湯」のお話です。

昭和湯の番台に座るおばちゃんは、他の常連らしきお客さんたちとも、そんなに親しげに話しこんだりは しない。 みんな、一日働いて、疲れた体をいやしにきているのだ。 みんな裸になって、 ゆっくり熱いお湯に使って、手足をのばして、 あがったら軽くテレビを見て、体をふいて帰るのだ。 おばちゃんは誰にたいしても同じように、「はい、どうも」といって 入湯料を受け取り、 「はい、おやすみなさい」といって見送っていた。
私たちが三茶が好きな理由の、かなりのパーセンテージをしめる昭和湯に入れるのは、もしかしたら今日が 最後かもしれない。
親友と私は、カードと花束を買って、メッセージを書いて、親友が とった昭和湯の写真を プリントアウトして、カードにはっつけて、 もう行く前から泣きそうになって、無口に昭和湯に行った。 おばちゃんはいつもどおりだったので、私たちもぐっとこらえて 普通にふるまい、 たっぷり3つの湯船につかり、高い天井をながめ、 充分暖まってあがった。 コーヒー牛乳もちゃんと飲んだ。 おばちゃんと一緒に、テレビをながめ、少し笑った。
その間、ずっと寂しかったけれど、きっと廃業はおばちゃんが 決めたことなのだ・・・と信じた。
そして帰り際に「これ・・・」とカードと花束を差し出した瞬間、 おばちゃんも、親友も私も、 声が涙になってしまった。 「そんな、、お客さんにこんなのいただくなんて悪いわ」と言う そのおばちゃんの声が、すでに泣き声で、親友も私も 「・・・まだ31日にきますから」 「あの写真もとったんで・・・」と もごもご言って、ぶわっと涙目で出てきてしまった。
新しい場所には、今の場所を離れないと行けない。 とは、マネックス証券の松本大CEOの言葉だったと思うが、 70年以上そこにあった昭和湯が向かう新しい場所はどこだろう?
70余年のうちの最後のほんの数年間でしたが、ありがとうございました。 そして、おばちゃん、お疲れ様でした。
昭和湯の皆さんに幸多かれ!! 

014: さよなら昭和湯!!涙の30秒-1

暖かいお湯、体育館のような高い高い天井、暗闇にぽっかり浮かぶ看板 ---三軒茶屋の住宅街の一角で、なんと70年以上も営業してきた 銭湯 昭和湯が 今月末で廃業する。
昭和湯に行くときは、たいていいつもより少し疲れているとき、 いつもより少し 悲しいとき、 いつもより少し寒いとき・・・だったような 気がする。 銭湯大好き、三茶大好きな親友に誘われて 初めて いったのは、もう5~6年ほど前の ことだろうか。 まるで時代劇に出てくる江戸時代あたりの屋敷のような建物に わくわくし、 テレビでしか見たことのなかった「番台」に興味津津、そして どっしりとした 3つの湯船でのんびりと手足を伸ばしたものだ。
番台にはこざっばりしたおばちゃんが座っていて、(時々ダンナさんや娘さんと おぼしき女性に代わるのだが、)男からも女からも見える位置に どっかりおかれたテレビを見ている。このテレビがある日突然すごく でかい新型になって、「実はけっこう儲かってるのかも」とひそかに 思った記憶がある。おばちゃんは、この辺りのおばちゃんらしく、 若い私たちと気軽に話したりはしない。でも、きちんとこちらが挨拶を すれば、まあ、どうもって感じで返してくれるし、たまにテレビを見て一緒に 笑ったりする。笑うととても笑顔がかわいくて、親友が一度全裸で ぶっ倒れたときは、番台から文字通りすっとんできて助けてくれたそうだ。

次回へ続く---

Tuesday, October 24, 2006

013: 猫大好きな30秒

番組の収録中に投稿。突然ですが、やっぱり私は猫が好き。代々 実家に
住みついていた野良猫たちを今も愛しております。当時、近所中の人々から
「お母さん」と呼ばれていた、それはそれは母親らしい三毛猫がいて、
彼女が産み落とした子ども「ミーミ」を手なづけたのが最初だったかと。
非常に頭のいい、かつダルダルにかわいいオス猫でした。その後お母さんは
再び出産、茶色の「チャチャ」と白っぽい子猫でしたが(唐突に名前を失念!!)、
人なつっこい次男坊チャチャと対照的に、触れようとすると背中をそらして
逃げてしまう長女は、毒ダンゴをもられて亡くなってしまいました。。。
・・・くう・・哀しい・・・

で、その後、駅でひろった白猫ルナと蜜月のときを過ごすのですが、
そのあたりはこの番組で!「ルナ」の思いで話メールを採用していただきました。
第5回を要チェック!

Friday, October 06, 2006

012: 作家になりたい30秒

さて、2ヶ月もあいてしまったけれど、久々の更新。

生まれ変わったら、試してみたい職業(人生)と、これからまだ
もしかすると挑戦できるかも・・・できることなら挑戦してみたい
職業というのがある。
私の場合、両方とも実現の可能性とかそういうことはどうでもよくて、
前者に対しては、「今とま~~~ったく違う仕事」、後者は
「憧れの仕事」である。
前者は例えば何かと問われれば「雀士とか カーデザイナーとか」と
答えてそれはそれで想像すると楽しいが、後者に関しては、そう
適当に答えられる雰囲気ではない。
なぜなら、私には大尊敬している「仕事」があるからだ。

それは、作家、である。
好きな作家はもちろんいるけれど、今回は好きとかきらいという話とは別に、
作家という仕事をしている人たちのすごさって、もう本当にスゴイんじゃないの?
っていう話だ。
・・・と、こういう文章しか書けてない時点で、作家になるのは
無理だろうとは思うが、作家になりたいな~と焦がれる。

と、ここで突然週刊文春の話をしたい。私は文春の愛読者で、大して
面白くもないのに、なんとなく他の雑誌/週刊誌より読みやすくて
買ってしまうのだが、文春には様々な分野の人が書くエッセイがのっている。
例えば女優、もちろん作家が何人か、学者、タレント、棋士などなど。

その中で、職業的な作家としてエッセイをもっている女性が
林真理子と中村うさぎである。この二人はそれぞれタイプが全然違ううえ、
典型的な「作家」というには色がつきすぎているかもしれない。林真理子は
たいていが「食べた 買った 太った」話だし、うさぎは「ヤッた なおした
金がない」という話だ。

しかし・・・この二人が書く文章が「ときどき すっごい」のだ。
最近では 新宮様(と、いうのかな?)がお生まれになった直後の
林真理子の文章に、思わず「う~~~む、なるほど!」と声を搾り出して
納得してしまったし、中村うさぎが前週のトーンと全く違うトーンで、
公開中の映画「ゲド戦記」にモノ申した文章には、「かっこよさ」を
感じてしまった。

作家の書く文章は、何が他と違うのだろう。なぜ自分の考えを述べているだけの
短い文章に、あんなにもはっとさせられるのだろう。

昔、山田詠美がタレントくずれが書いた暴露本的小説のあとがきに書いていた
「作家という職業は、誰よりも恥ずかしい自分をさらけだし、
誰よりも笑われる仕事」というような文章を思い出す。

思い出すけれど、それが理由なのかはわからない。

誰よりも恥ずかしい思いをしているのかもしれないが、かっこよすぎる。
すごい。